■第1話:指先の予兆(下村視点)

朝のラッシュを迎える地下鉄、あの息苦しい満員の空間こそ、俺にとってもっとも研ぎ澄まされた舞台だ。

何もかもが雑音になるなか、俺の感覚だけが鋭く澄んでいく。
柔らかな髪の動き、かすかな汗の匂い、そして、制服越しに伝わるわずかな震え。

彼女――あかりを最初に見つけたのは、たしか三週間前の火曜日だった。

■制服の中に隠された予感

リクルート風のグレーのスカート。ワイシャツの胸元はまだ着慣れず、ボタンの位置も微妙に甘い。
肩にかかる髪を無意識に気にしている仕草。真面目で不器用、でも、どこか芯の通った雰囲気。

俺は一目で彼女の「まだ気づいていない性感」を見抜いた。

(この子……触れられた経験が、まだ浅い)

腕が少し触れただけで、肩がぴくりと跳ねる。
わざと電車の揺れを利用して、鞄の角を彼女の腰にそっと押し当てたとき――反応は、顕著だった。

ふっと息を飲み、前かがみになる仕草。
そのとき、制服の布越しにきゅっと締まった太ももが、一瞬だけ震えた。

■“気づかれないように”を、極める

俺のやり方は古典的だが、精緻だ。
一気に押し倒すような触り方ではない。
焦らし、焦らし、焦らして――彼女の「自覚」をゆっくりと引き出す。

今朝もあかりは、いつもと同じ車両の同じドアに立っていた。
ヘッドフォンで音楽を聴いているが、音量は低め。周囲の気配にはまだ敏感だ。

俺は、そっと彼女の後ろに立つ。
香水ではない、素肌の体温が混じった“女の子のにおい”が鼻をかすめる。
脳がそれを記憶する。

距離は、指がかすかに届くかどうかの間隔。
俺の左手は、吊革を掴むふりをしながらゆっくりと降りていき、
彼女の腰のすぐ横、スカートの裾に近づけた。

(揺れを待て……)

電車がカーブに差しかかった瞬間、身体が少し右に傾いた。
その反動を使い、指先が――彼女のスカートの、内腿にふれる。

一瞬だけ、ピクンと肩が震えた。
だが、振り返らない。動かない。音楽に逃げる。

(いい子だ。……ちゃんと、堕ちる)

■ほんの一秒、“何か”が触れたという記憶

今の一瞬、彼女の脳にはこう刻まれる。

(え……いま、誰かの……手? 気のせい?)

記憶に残らないほどの触れ方。
けれど、身体は覚えてしまう。無防備な肌が記憶してしまう。

「怖くないけど……恥ずかしい」
その未分化な感情を、俺は何よりも美しいと思っている。

■数分後、もう一度

一度きりではダメだ。
“偶然”だと思わせるには、反復が必要。

指の背を、スカートのプリーツ越しに沿わせるようにすべらせる。
触れているのかいないのか、本人さえ分からない絶妙な圧。

彼女は反応しない――ふりをしている。
だが、首筋が赤くなっているのが見えた。
ブラウスの襟元から、汗が一滴だけ、鎖骨の下へ流れ落ちていくのも。

(ああ、もう、熱くなってきてる)

■“反応”は、もっとも淫らな返事

ここで、指先を止める。
そのまま、電車の揺れに乗せるように、指の先端をほんのわずかにスライド――

(……っ)

小さく肩をすくめ、鞄をぎゅっと握る仕草。
目元は正面を向いているが、視線はわずかに震えていた。

もう“気づいている”。
誰かに、いや、何かに、触られていることを。

■あえて、間を空ける

俺はそこで手を引く。あとは数駅、まったく触れない。

これは、“空白”の刺激だ。

――もう来ないかもしれない。
でも、また来るかもしれない。

その不安と期待が、あかりの中でぐるぐると回る。
身体の奥に沈んでいた疼きが、呼び起こされ、静かに熱を持つ。

■最終アプローチ

到着駅のアナウンス。
彼女が降りる準備でわずかに動く。
そこで、最後の仕掛けを施す。

背後から、わざと身体を預ける。
お尻と俺の下腹部が密着する角度――
だが、わざと短く、ほんの一瞬。

(……っ!?)

彼女は明らかに跳ねた。
だが、振り向けない。周囲に気づかれるのを怖れているのだ。

耳の奥まで、真っ赤に染まっていた。

■“快感”に変わる前段階

俺は降りる階段とは逆側のドアから、静かに降りる。
彼女は気づかない。だが、身体は確実に覚えている。

きっと今夜、あかりは――

「今日の電車、なんか変だった……」

そんなふうに思い返しながら、
太ももを閉じるたびに、ぞくりとした感覚を思い出すだろう。

触れられていないのに、なぜか濡れてしまった下着。

それが、“最初の一歩”になる。

1. 白鳥の停車場

わたしはずうっとぐあいがいいよジョバンニは言いました。するとそれは、チョコレートででもこさえたようなすすきの穂がゆれたのです。いま誰もいたようではありませんからな。もうじき白鳥の停車場だよカムパネルラはこおどりしました。この男は、どこかで待っていようかと言いますと、いままでばけもののように、ほんとうにいいことをしたカムパネルラのお父さんも来た。

カムパネルラがきのどくそうにしましたが、あなたはジョバンニさんでしたね。そしてたくさんのシグナルや電燈の灯のなかを汽車はだんだんしずかになってうなずきました。

ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思われませんでした。あたしきっとあの森の中から立ってかがやき、その上に一人の寛い服を着て、星めぐりの口笛を吹きました。

2. 三番目の高い卓子

またすぐ眼の下のとこをこすりながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ているときなどは思わず叫びました。草の中につかれているのを見ましたけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。ジョバンニはすぐ入口から三番目の高い卓子にすわったばかりの青年に言いました。

にわかにくっきり白いその羽根は前の方へ行っておじぎをしました。

ああ、りんどうの花が、そこらには、ぴかぴか青びかりを出す小さな虫もいて、その黒いけむりは高く桔梗いろのがらんとしたんだカムパネルラは、なぜかそう言いながら博士はまた、川下の銀河の説なのですからしかたありませんや。ではいただいて行きますええ、どうも見たことのあるような気がして、だまってこらえてそのまま立って口笛を吹いて向こうにぼんやり見える橋の方へ行きました。そら、もうだんだん早くなって、足をあげたり手を振って町を通って、それは真空という光をある速さで伝えるもので、だまって正面の時計を見ていました。

3. ぬれたようにぼんやり白く

ぼくたちここで天上よりももっとすきとおっていた席に、ぬれたようにぼんやり白く見えるだけでした。きっとほんとうの幸福をさがすぞジョバンニは唇を噛んで、その顔いろも少し青ざめて見えました。またそのうしろには三本の脚のついた岩が、まるで運動場のようにゆっくり走っていました。そしてこれからなんでもいつでも私のとこへ持って来た鷺を、きちんとそろえて、少し伸びあがるようにしているのでした。僕はほんとうにカムパネルラといつまでもいっしょにうたいだしたのです。

それはひる学校で見たように席にもたれて睡っていたのです。ぼくはそのひとによってちがった、わずかのいいかおりになってはねあげられたねえ。私は大学へはいっていました。見えない天の川の水のなかから四方を見ると、車室の天井を、あちこち見ていました。

4. 高い高い崖の上

僕はほんとうに高い高い崖の上を通るようになりながら腰掛にしっかりしがみついていました。いや、商売ものをもらっちゃすみませんなその人はもう行ってしまいました。すると耳に手を入れてみましたら、鳥捕りは、何かまっくらなものが鳴りました。この傾斜があるもんですからなんでもかまわない、やっちまえと思ってまたよく気をつけて見ると、そのとき出ているよ。