第6話 覗かれた浴室|仕掛けが触れる夜

■静寂の向こうに、忍び寄る仕掛け

亜弥の住むこの部屋に、どれだけの“視線”が差し込んできたのか。
彼女自身、きっと完全には気づいていない。けれど身体のどこかが、かすかにそれを知っている。

窓の向こう、床下、浴室の換気口。
俺、桝田はすでに複数の“視線ルート”を仕掛けていた。そして今日、その次の段階へと、ようやく進む。

小さなマイクロスピーカー、微細な超小型モーター。それらが、“視線”だけだった刺激に、“触れたような”錯覚を与える。
準備は整った。

■金曜の夜、疲れた彼女は

金曜の夜。
今週もよく働いたんだろう。少しだけだるそうに帰宅する亜弥の姿を、俺は玄関の外の隙間から確認していた。
肩で揺れるブラウス。タイトスカートの下、足取りの緩さ。
疲れと、そしてほんのりと高揚したような赤みがその頬に差している。

(この一週間で、確実に“覗かれる快感”に慣れはじめているな)

それが、彼女の所作に滲んでいた。
ときおり意識するように窓をちらと見る仕草。
夜の風呂前、わざと遅らせるようにシャワーを浴びるまでの時間。
すべてが、誰かに見られているという予感を心地よく受け入れ始めた証拠だった。

■“誰にも触れられてないのに”――快感が走る

「はぁ……今日も疲れた……」

小さくつぶやきながら、亜弥が部屋着に着替える様子を、俺は微細カメラの映像で確認する。
胸元のゆるいTシャツ。裾から覗く柔らかそうな太もも。
その姿が画面に映るたび、俺の手が無意識に動きそうになるのを必死で抑えた。

(まだ、早い)

今日の“仕掛け”は、少し違う。
彼女に“触れられたような感覚”を与えるのが目的だ。
モーターは風に似た微震を起こす。
エアコンの風に紛れて、下から這い上がるように、彼女の太ももを“撫でる”。

スイッチオン。
Tシャツの裾を気にしながら、ソファに腰を下ろす亜弥が、ぴくりと肩を震わせる。

「……っ、なに、これ……?」

彼女の目が泳いだ。
誰もいない部屋で、身体の奥が、突然ぴくりと疼いたのだ。
誰にも触れられていない。けれど、肌の奥が“何か”を覚えたように、敏感に揺れている。

(気づけ、亜弥。お前の身体は、もう“視線”だけじゃ足りなくなってる)

■浴室、より濡れる場所へ

夜が更け、亜弥は風呂に入る。
ここからが本番だ。

浴室の壁の向こうには、俺が仕込んだ小型の振動装置がある。
通常の換気口を装いながら、壁に沿って伝う微弱な音と振動を発生させるそれは、
彼女が肌を流す湯と混ざり合い、まるで“何か”に撫でられているかのような錯覚を与えるように設計されていた。

「ん……あれ……」

風呂の中で、彼女が小さく声を漏らす。
湯の中で太ももを撫でる手の動きが、自然とゆっくりになっていく。

そして、彼女の指が、自分の胸元に触れた瞬間――
俺は、壁の内側から仕掛けた超小型スピーカーを稼働させ、彼女の耳元に、わずかな“吐息”を送った。

「っ……だ、だれか……いるの……?」

彼女の目が一瞬、風呂場のドアを見つめる。
でも、誰もいない。
扉も閉まっている。ただ、湯気と静けさがあるだけ。

(幻覚じゃない。これは、俺が“触れてる”んだよ)

俺の仕掛けたすべてが、彼女の感覚を狂わせていく。

■“快感”は、意志よりも先に

風呂上がり、濡れた髪をバスタオルで拭きながら、彼女は鏡を見ていた。
頬はほんのり赤く、唇はどこか艶を帯びている。

「……なんで、こんな……変なんだ、わたし……」

独り言をこぼしながら、彼女は無意識に太ももを擦った。
そこには何もない。誰にも触られていない。
けれど、身体は“反応”していた。

下着の奥に、にじむような湿り。
スカート越しでも、意識すればわかってしまうほどの濡れ――
それが、彼女の“今”の状態だった。

(お前の身体はもう、見られて、感じて、そして“触れられてないのにイく”ようにできてる)

俺の脳内に浮かぶのは、今まさに喘ぎそうな表情を必死で抑える、あの無垢な女の姿だった。

■はじめての“接触”

それは、仕掛けの延長だった。
ただの覗きや刺激ではない、“本当の触れ合い”へ。

その夜、俺は洗面所の足元に小さな通気パネルを開け、手を差し入れた。
もちろん、壁の向こうにあるのは、床に座ってドライヤーをかける亜弥の姿。

そっと、指先を動かす。
壁の端にそっと手を当て、わずかに空いたすき間から、空気を流すように。

「……ぁ、あ……っ」

風のような、でも生っぽい“何か”が、彼女の太ももに当たる。
その瞬間、亜弥の身体が震える。

「……っ、だれ……誰なの……?」

でも、答えは返ってこない。
俺は黙って、壁の向こうで、微笑みながらその声を聞いていた。

■エピローグ:堕ちる音

あの夜から、彼女は確実に変わった。
誰もいないのに、視線を意識するようになった。
誰もいないのに、下着を意識して歩くようになった。
そして、風や空気の流れ一つに、脚が震えるようになった。

(いい子だよ、亜弥。お前は、俺の手でゆっくりと、淫らに育てられてきた)

そしてこれからも。

視線の奥、触れない愛撫の奥に、
さらに深い“仕掛け”を仕込んで――

この女を、もっと堕としていく。

1. 白鳥の停車場

わたしはずうっとぐあいがいいよジョバンニは言いました。するとそれは、チョコレートででもこさえたようなすすきの穂がゆれたのです。いま誰もいたようではありませんからな。もうじき白鳥の停車場だよカムパネルラはこおどりしました。この男は、どこかで待っていようかと言いますと、いままでばけもののように、ほんとうにいいことをしたカムパネルラのお父さんも来た。

カムパネルラがきのどくそうにしましたが、あなたはジョバンニさんでしたね。そしてたくさんのシグナルや電燈の灯のなかを汽車はだんだんしずかになってうなずきました。

ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思われませんでした。あたしきっとあの森の中から立ってかがやき、その上に一人の寛い服を着て、星めぐりの口笛を吹きました。

2. 三番目の高い卓子

またすぐ眼の下のとこをこすりながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ているときなどは思わず叫びました。草の中につかれているのを見ましたけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。ジョバンニはすぐ入口から三番目の高い卓子にすわったばかりの青年に言いました。

にわかにくっきり白いその羽根は前の方へ行っておじぎをしました。

ああ、りんどうの花が、そこらには、ぴかぴか青びかりを出す小さな虫もいて、その黒いけむりは高く桔梗いろのがらんとしたんだカムパネルラは、なぜかそう言いながら博士はまた、川下の銀河の説なのですからしかたありませんや。ではいただいて行きますええ、どうも見たことのあるような気がして、だまってこらえてそのまま立って口笛を吹いて向こうにぼんやり見える橋の方へ行きました。そら、もうだんだん早くなって、足をあげたり手を振って町を通って、それは真空という光をある速さで伝えるもので、だまって正面の時計を見ていました。

3. ぬれたようにぼんやり白く

ぼくたちここで天上よりももっとすきとおっていた席に、ぬれたようにぼんやり白く見えるだけでした。きっとほんとうの幸福をさがすぞジョバンニは唇を噛んで、その顔いろも少し青ざめて見えました。またそのうしろには三本の脚のついた岩が、まるで運動場のようにゆっくり走っていました。そしてこれからなんでもいつでも私のとこへ持って来た鷺を、きちんとそろえて、少し伸びあがるようにしているのでした。僕はほんとうにカムパネルラといつまでもいっしょにうたいだしたのです。

それはひる学校で見たように席にもたれて睡っていたのです。ぼくはそのひとによってちがった、わずかのいいかおりになってはねあげられたねえ。私は大学へはいっていました。見えない天の川の水のなかから四方を見ると、車室の天井を、あちこち見ていました。

4. 高い高い崖の上

僕はほんとうに高い高い崖の上を通るようになりながら腰掛にしっかりしがみついていました。いや、商売ものをもらっちゃすみませんなその人はもう行ってしまいました。すると耳に手を入れてみましたら、鳥捕りは、何かまっくらなものが鳴りました。この傾斜があるもんですからなんでもかまわない、やっちまえと思ってまたよく気をつけて見ると、そのとき出ているよ。