第1話 秘密のライブチャット| 「はじめての配信、やさしい声に包まれて」
春の夜風がカーテンをふわりと揺らし、ほんの少し肌寒さを感じる夜だった。ひかりはその手を小さく震わせながら、パソコンの前に座っていた。
「……大丈夫、大丈夫。顔も出ないし、本当におしゃべりだけだから」
結婚三年目の彼女にとって、“ライブチャット”という世界は、まるで別の星の話のようだった。だけど、夫の帰宅が遅くなりがちになった最近、そして家計に少し余裕が欲しかったこともあって、勇気を出して登録した。
画面の向こうの誰かと会話をする。 それだけなのに、どうしてこんなにもドキドキするのだろう。
ニックネームは「ひかり」。 控えめに、真面目に、そしてあくまで「癒し系のおしゃべり」を目指していた。
配信を開始すると、チャットルームにぽつりぽつりと視聴者が入ってくる。まだ表情にぎこちなさが残る彼女の声に、最初に反応したのは──
【たける】:こんばんは、ひかりさん。初めまして。
「こんばんは……はじめまして。ひかりといいます。えっと……今日は、すこし緊張してて……」
【たける】:大丈夫ですよ。声、とても落ち着いていて素敵です。
その優しい言葉に、ひかりの肩の力が少し抜ける。 夫以外の男性に褒められることなど、ここ数年、なかった。 けれど「ここ」は現実とは違う仮想の場所。 それがわかっていても、画面の向こうからの言葉は妙に身体に染み込んでくる。
【たける】:今日はどんな一日でしたか?
「えっと……ちょっと買い物に行って……晩ご飯をつくって……、あとは、思い切って……これ、やってみようって」
笑うと、緊張で少しだけ震えていた声が和らいだ。 画面の数字は、視聴者がひとり増えたことを告げる。
──よこっち が参加しました。
よこっち*秘密メッセージ*:…………
(誰……?)
コメントはない。 表示されたのは名前だけ。 たけると会話を続けていても、どこか背中に視線を感じる。
【たける】:勇気を出して配信してくれて、ありがとう。嬉しいです。
「そんな……こちらこそ、見てくださってありがとうございます」
やさしく、あたたかいやり取り。
でも、次の瞬間。
よこっち*秘密メッセージ*:そのスーツの下、透けて見えてんぞ。ふわふわのレース……触ったら気持ちよさそうだな
「……っ……」
心臓が跳ねた。 誰にも聞かれていない個人メッセージ。 画面には彼の名前と、“自分だけ”に向けられたその文章。
(やだ……なにこれ……っ)
思わず膝を閉じ直す。 でも、その動作さえも「見られている」ような気がして──身体の芯が妙に熱くなる。
【たける】:ひかりさん、今夜は少し肌寒いですね。ひざ掛け、用意してますか?
「あ……はい……ありがとうございます……」
(なのに……)
よこっち*秘密メッセージ*:その声、たまらんな……マイク、もっと唇近づけて? その震えた息、全部聞きたい
そんな指示に従うわけにはいかない。 けれど、従わないと「何か」がバレてしまうような気がして、息を呑んだ。
唇が、マイクにふれた。 その瞬間、自分の身体が微かに震えるのを、ひかり自身が一番感じていた。
よこっち*秘密メッセージ*:そうそう、その感じ……唇柔らかい音、ちゃんと届いてる。 あと一歩、ボタン外してくれたら、もっと音に……響きが出そうなんだけどなぁ
(どうしよう……こんなの、ダメなのに……)
【たける】:ひかりさんの声、ほんと癒されますね。
「ありがとうございます……嬉しいです……」
言葉に嘘はない。 でも今、彼女の心臓はそれとは別の理由でバクバクしていた。
そして、画面の“裏側”で──
よこっち*秘密メッセージ*:下、脚を少しだけずらしてみ? そのスカート、空気通すだけでも、すっごくいやらしいシルエットになると思うんだ
指示を無視したい。 でも……ふとももに流れる空気を、想像してしまう自分がいた。
「……ぁ……」
気づけば、ほんの少し、姿勢を崩していた。 その途端、画面に反応はなかったけれど──ひかりの胸だけが、どくん、と高鳴っていた。
(誰にも見えてないのに……どうしてこんなに……)
よこっち*秘密メッセージ*:その息づかい……バレてるぞ。俺には。 下、きゅって締めてるだろ? 今、ちょっと濡れてるんじゃねえの?
「っ……そんな……っ……」
口に出したつもりはなかった。 でも、声が、震えを帯びて漏れていた。
【たける】:ひかりさん? 何か……ありましたか?
「い、いえっ……ちょっと、喉が乾いただけで……」
うわずる声。 それを隠すように水を飲むけれど──喉の奥を通る感覚さえ、なぜか敏感に感じてしまう。
よこっち*秘密メッセージ*:かわいいな。 そのまま、服の上からでいい。 胸……ちょっとだけ、指先でなぞってみ?
「や、やだ……むり……」
打ち消す言葉が指先に届く前に。 もう、意識がその場所を感じていた。 服の上からでも分かる──自分の高ぶり。
【たける】:ほんと、ひかりさんとお話しできるの、嬉しいです。
「わ、わたしも……です」
心からの言葉。 でも、もうひかりの身体は、声とは裏腹に……焦らされることに反応していた。
──そして、その夜、ひかりは初めて知った。 “見られている”というだけで、自分の奥が熱くなる

