第2話 美羽と覗きの秘密|―静かな夜、ふたりとひとり―
■ふたたびログインした夜
その日も、美羽は夕食とお風呂を済ませてから、
こっそり自分のノートPCを立ち上げた。
深呼吸ひとつ。
まだ慣れないヘッドセットを装着し、ライブチャットのログインボタンを押す。
そして、数秒後。
「こんばんは、美羽ちゃん」
やさしい声。
あの人――悠人くん。
「こんばんは、悠人さん……また、お話してくれるんですか?」
「うん。なんだか、また声が聞きたくなってね」
その言葉だけで、胸の奥が少しあたたかくなった。
彼との会話は、静かで、丁寧で、どこか真面目で。
まるで、誰にも話せないことをそっと預けられるような時間だった。
■真摯な会話と、そっと滲む気配
「……将来の夢、ある?」
そんな会話が続く。
彼は教師を目指しているらしい。
小さな子どもに何かを教えるのが好きだ、と。
「美羽ちゃんは?」
「……私は、まだちゃんとは決まってないけど……
人の話を聞くのは、好きかも……」
言葉を選ぶように、ゆっくり話す美羽に、
悠人くんは「そういうの、向いてると思う」と柔らかく返した。
でも、そのとき――
ピコン、と画面の右下に小さな通知が。
【HATTA88さんがチャットに参加しました】
(……また……この人)
あのときと同じ、八田という名前。
悠人さんの会話中、決して音声には参加しないけれど、
ひっそりとコメント欄に言葉を打ち込んでくる、妙なユーザー。
そして、間を置かずに、今回も。
【HATTA88】
《今日のシャツ、ボタン緩めてるね。下から3つめ、いつ開くかな》
ゾクリとした。
画面には何も映っていないのに、まるで“見られてる”ような錯覚。
今日のブラウスは、胸元がちょっと緩いと、自分でもわかっていた。
■二重のやりとり、二重の羞恥
「……あっ……え、ええと、そうですね……」
悠人さんの質問に、うまく言葉が返せなくなる。
焦って返す声のトーンを気にしつつ、視線の端でコメント欄を盗み見る。
【HATTA88】
《さっき、ちょっとだけ胸、浮いたよ。カメラに映るスレスレの角度、わざとかな?》
違う。
そんなつもりじゃ――なかったのに。
でも、そう言われてしまうと、体の動きひとつが自意識に変わり、
胸の奥に、じわじわと熱がたまっていく。
「……美羽ちゃん、声、少し緊張してる?」
「え……? あ、そんなこと……」
慌てて否定する。
(だめ、悠人さんには……バレたくない)
けれど、焦れば焦るほど、身体が反応する。
太ももにかけて、じわじわと、熱い何かが広がっていく。
■音のない悪戯、ゆっくりと
【HATTA88】
《じゃあ今日も、昨日の“おまじない”しようか》
一瞬、呼吸が止まった。
――おまじない。
それは前回、彼に言われてついやってしまった“胸元をさわる”小さな行為。
【HATTA88】
《手、そっとブラウスの上から当ててごらん。誰にも見えてないから大丈夫》
(……でも、ここには悠人さんがいるのに……)
視線が泳ぐ。
でも、なぜか指先は、言われた通りに動いてしまう。
胸の上から、生地越しにふれる。
ほんのわずかに尖りかけていた乳首に、自分の手が触れる。
「っ……」
言いかけた声を、奥歯でかみ殺す。
■気づかれないまま、開かれていく感覚
悠人さんとの会話は続いていた。
他愛のない将来の話、好きな本の話、
まるで普通の大学生同士の、優しいやりとり。
けれどその裏で、
もうひとつの“会話”が、画面の下で続いていた。
【HATTA88】
《ちょっとだけ、脚開いてごらん。音も出さずに、膝を少しだけ》
(やだ……無理……)
でも、意識したとたんに、太ももがじんわり汗ばんで、
椅子の上で、布越しにぬるくなっていく感触が伝わってくる。
まるで、覚えてしまったように。
知らなかったはずの快感が、もう“待っていた”みたいに。
「ねぇ、美羽ちゃん。今、ちょっとだけ顔赤くない?」
(や、やばい……)
「……なんでも、ないです……! あの、エアコン、ちょっと……」
咄嗟に言い訳してしまう。
自分でも苦しいと思いながら。
■そしてまた“あの人”は去っていく
【HATTA88】
《すごく素直で、かわいかったよ。じゃあ、また》
その一言とともに、画面から名前がスッと消える。
【HATTA88さんがチャットから退出しました】
すると、ふわっと部屋の空気が軽くなるような、不思議な感覚。
美羽の中では、
「話していた」だけのはずの悠人さんとのやり取りが、
なぜか“ものすごく清らか”に思えてしまった。
(こんな自分……バレてないよね……)
不安と安堵が入り混じる中、
悠人さんが、画面の向こうから声をかけた。
「ね、美羽ちゃん。もし……また時間が合ったら、明日も話せる?」
「……はい」
頷く声は、なぜか少し震えていた。
■エピローグ:気づかれないまま開発される身体
通話を切ったあと。
耳をふさぐように、ヘッドセットを外す。
脚の奥が、じんわりと熱い。
誰にも触れられていないのに、
明らかに、なにかが“動かされた”あとだった。
(……どうしよう……)
心はまだ、優しい言葉を交わしていた悠人さんに向いている。
でも――
身体の一部が、もう“あの人”の言葉に反応してしまっている。
これは、始まったばかりの、
誰にも言えない“秘密の開発”。
1. 白鳥の停車場
わたしはずうっとぐあいがいいよジョバンニは言いました。するとそれは、チョコレートででもこさえたようなすすきの穂がゆれたのです。いま誰もいたようではありませんからな。もうじき白鳥の停車場だよカムパネルラはこおどりしました。この男は、どこかで待っていようかと言いますと、いままでばけもののように、ほんとうにいいことをしたカムパネルラのお父さんも来た。
カムパネルラがきのどくそうにしましたが、あなたはジョバンニさんでしたね。そしてたくさんのシグナルや電燈の灯のなかを汽車はだんだんしずかになってうなずきました。
ジョバンニはなぜかさあっと胸が冷たくなったように思われませんでした。あたしきっとあの森の中から立ってかがやき、その上に一人の寛い服を着て、星めぐりの口笛を吹きました。

2. 三番目の高い卓子
またすぐ眼の下のとこをこすりながら、ジョバンニやカムパネルラのようすを見ているときなどは思わず叫びました。草の中につかれているのを見ましたけれども、こんな雁が飛んでいるもんか。ジョバンニはすぐ入口から三番目の高い卓子にすわったばかりの青年に言いました。
にわかにくっきり白いその羽根は前の方へ行っておじぎをしました。

ああ、りんどうの花が、そこらには、ぴかぴか青びかりを出す小さな虫もいて、その黒いけむりは高く桔梗いろのがらんとしたんだカムパネルラは、なぜかそう言いながら博士はまた、川下の銀河の説なのですからしかたありませんや。ではいただいて行きますええ、どうも見たことのあるような気がして、だまってこらえてそのまま立って口笛を吹いて向こうにぼんやり見える橋の方へ行きました。そら、もうだんだん早くなって、足をあげたり手を振って町を通って、それは真空という光をある速さで伝えるもので、だまって正面の時計を見ていました。
3. ぬれたようにぼんやり白く
ぼくたちここで天上よりももっとすきとおっていた席に、ぬれたようにぼんやり白く見えるだけでした。きっとほんとうの幸福をさがすぞジョバンニは唇を噛んで、その顔いろも少し青ざめて見えました。またそのうしろには三本の脚のついた岩が、まるで運動場のようにゆっくり走っていました。そしてこれからなんでもいつでも私のとこへ持って来た鷺を、きちんとそろえて、少し伸びあがるようにしているのでした。僕はほんとうにカムパネルラといつまでもいっしょにうたいだしたのです。
それはひる学校で見たように席にもたれて睡っていたのです。ぼくはそのひとによってちがった、わずかのいいかおりになってはねあげられたねえ。私は大学へはいっていました。見えない天の川の水のなかから四方を見ると、車室の天井を、あちこち見ていました。
4. 高い高い崖の上
僕はほんとうに高い高い崖の上を通るようになりながら腰掛にしっかりしがみついていました。いや、商売ものをもらっちゃすみませんなその人はもう行ってしまいました。すると耳に手を入れてみましたら、鳥捕りは、何かまっくらなものが鳴りました。この傾斜があるもんですからなんでもかまわない、やっちまえと思ってまたよく気をつけて見ると、そのとき出ているよ。


